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[ 山口 周インタビュー① ]
企業の一貫した美意識が社会を変える時代

Interview
ミュージアムタワー京橋の緑の木々に囲まれた空間で、山口周氏が屋外で腕を組み、遠くを見つめている様子。

企業が主導する文化活動

―― ミュージアムタワー京橋(以下、MTK)の前身である旧ブリヂストン本社ビルは、1951年に竣工しました。同ビルの2階には、ブリヂストン創業者の石橋正二郎が自らコレクションした美術品を多くの人に見てもらうためにブリヂストン美術館が開設され、芸術文化への貢献がなされてきました。2020年1月に同館は館名を変更し、アーティゾン美術館として開館しました。

山口 周(以下、山口)ブリヂストン美術館時代から、京橋の地は何度も訪れてきました。また、現在は閉館されているブリヂストン美術館 永坂分室のあった麻布永坂町界隈を散歩するのも大好きでした。創業者の理念に根差した、すばらしい活動を続けていますよね。

テーブルに座り、手を組んでインタビューに答えている山口周氏。

―― 経済活動と文化活動をともにして歩んできた歴史があります。

山口 ビジネスと文化貢献というのは本来分けられないもので、どちらも広い意味で「社会彫刻」※の側面を持っていると思うのです。かれこれ6年ほど企業メセナ協議会の評議員を務めているなかで、ブリヂストンやヤマハ、ソニー、日本生命や鹿島建設など、メセナ活動に意欲的な企業の姿を見てきました。他にも多くの大企業が文化貢献に取り組んでいて、コロナ禍ではそれぞれ一斉に芸術を通した支援活動に動いたことが印象的でした。

―― 人々が文化に触れる機会を、企業がさまざまなかたちで提供することの意義は、時代とともに変わっていっているようです。

山口 自著『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』で掲げた「高原社会」、すなわち社会が成熟してこれ以上便利にならなくてもいい時代において人々が求めていくのは、真の心の豊かさ。「生まれてきてよかった」「世界は美しい場所だ」と思えることではないでしょうか。

書籍『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』の表紙。

この50年で先進国の経済成長率は右肩下がりとなり、「物言う株主」や投資家たちが企業の利益を厳しく追求して圧力を増しています。それでもなお文化的な貢献をしていこうという企業の姿勢は、景気が良かった時代よりも、よっぽど褒められるべきことです。創業時から受け継いだ理念や哲学をブレずに守るという強い意志がなければ、そうした活動を続けるのは難しい時代ですから。

美意識とビジネスリーダーシップ

―― 著作『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が発刊された2017年当時の反響や、その後のアートとビジネスの関係性についてはどのような変化がありましたか。

山口 発刊当初は、内容の受け止め方の違いーー「温度差」が業界間でだいぶありました。真っ先に反応があったのはファッション業界で、その次に興味を持っていただいたのはゼネコン/建設業界です。逆に反応が薄かったのは東京・丸の内エリアを中心とする金融業界で、「何が書いてあるのかよくわからなかった」と言われたこともありました(笑)。

その後はゆっくりではありながらも、経営者たちのなかからアートや美意識といったことについて発言する人は増えてきて、それが企業にとっても違和感のない状況が醸成されていっていると思います。

書籍『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の表紙。

―― ビジネスリーダーたちの積極的な発信によって、社員も、世の中も、アートに対する認識が少しずつ変わってきたように思います。

山口 今は歴史上かつてないほど、ビジネスが社会を変える力を持っている時代です。かつては王族や官僚たちが世の中を形づくっていましたが、半世紀くらい前からその役割を民間企業も担うようになり、インフラを整備したり都市開発をしたり、社会をつくることに携わってきた。どこを見渡しても、世の中の風景のほとんどは企業によってつくられていますよね。

さらにこの10年で言えば、アメリカを筆頭に、政治や政策の分野に進出し活躍するビジネスパーソンが増えています。つまり、経営者やビジネスリーダーの教養や美意識が、今後の社会のあり方に大きな影響を与えているわけです。

※社会彫刻:ドイツの芸術家、ヨーゼフ・ボイスの理論に基づく、自らの創造性によって社会や未来に寄与するという考え方。

山口 周

1970年東京生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。株式会社ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後に独立。
株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。著書に『人生の経営戦略』『クリティカル・ビジネス・パラダイム』『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。

文:いまむられいこ
構成:長谷川智祥