
[ 上田杏菜インタビュー① ]
―― アボリジナル・アートがもたらす、現代社会への眼差し

オーストラリア先住民が伝えるもの
―― アーティゾン美術館では2025年6月から9月まで、展覧会「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」が開催されました。本展の企画意図や経緯について教えてください。
上田杏菜(以下、上田) アーティゾン美術館は、20年ほど前からオーストラリア美術の重要な作品を収蔵してきました。そのきっかけとなったのが、2006年に開催された「プリズム:オーストラリア現代美術」展です。日豪交流年を記念して、オーストラリアの作家35名による絵画、写真、映像、立体、インスタレーションなど73作品を紹介しました。その後もオーストラリア美術の作品を収集しコレクションを研究、保存し、展示に活かすという一連の活動をとおして、美術館のコレクションが少しずつ形成されていきました。本展は、そのコレクションを基礎にした企画となります。

約5年の構想・準備期間のなかで、先述のコレクションの約7割が女性作家によるものであることと、そのすべての作家がオーストラリアの先住民アボリジナルであることに着目しました。オーストラリア現代美術の動向においても女性作家が活躍しており、特にアボリジナルをルーツにもつ作家の評価が高まっています。そこで「女性」と「アボリジナル」をテーマにしようと考えたのです。
―― なぜ今、アボリジナル・アートが注目されているのでしょうか。
上田 2024年のヴェネチア・ビエンナーレで、オーストラリア・パビリオンがアボリジナル作家を取り上げて金獅子賞を受賞し、注目を集めました。現代美術を捉える大きな流れとして、「ローカルにおける美術の実態」「環境問題に対するオルタナティブな視点」「社会の多様性」といったトピックがあり、そうした文脈から、地域の自然と共生してきたアボリジナル・アートに改めて光が当たっています。長らく「周縁」にあった先住民の美術ということだけではなく、現代社会で我々が抱える諸問題に対してもいろいろな視点を与えてくれるアートとして注目されているのです。
また、アボリジナル・アートの発展の歴史において、女性はアーティストとして長らく認められてこなかったという背景があります。時代の変化と共に、女性たちがどのようにその流れを変えていったのか、本展をとおして紐解きたいと考えました。
作品がもつエネルギーに向き合う場
―― 展示については、どのような工夫をしたのでしょうか。
上田 アボリジナルのルーツをもっていない私という人間が企画に臨むにあたり、最も悩んだのは“当事者”としての目線をどのように展覧会に入れ込むかということでした。そのひとつの方法として、作家の紹介パネルの冒頭に、それぞれの作家の言葉を載せました。
当初は、説明的な情報をたくさん記載しなければ理解してもらえないのではないかという不安がありましたが、展示準備を進めるなかで、解説パネルそのものの掲示を迷うほど、作品がもつパワーに私自身が圧倒されていました。そのような体験から、展覧会ではまず作家自身の言葉に触れ、そこから作品のエネルギーをじっくり感じていただきたいと考えたのです。大きくふたつに分かれたフロア構成で、ゆったりと個々の作品に向き合える空間づくりを意識し、従来よりも作品から離れたところに解説パネルを配置するようにしました。


Photos by KIOKU Keizo, Courtesy of Artizon Museum
―― 来場者からの反響はいかがでしたか。
上田 本展は、アボリジナルにルーツをもちながら現代を生きる作家たちが、今の社会をどのように捉えているのかということに迫ったものでもあります。作家の視点をとおして現代社会を見るというプロセスにおいては、当然ながら、彼女たちが背負ってきた過去や、植民地時代の歴史にも立ち向かわざるを得ません。来場者の声のなかには「今までのアボリジナル・アートのイメージを良い意味で裏切られ、新しい見方をすることができた」「暗い歴史を踏まえ、それでも力強く前を向いて作品を制作していることに感銘を受けた」など、企画意図をしっかりつかんでくださったものが少なからずあり、手応えを感じています。

―― アーティゾン美術館では、本展のように新しい視座を与えてくれる意欲的な展覧会を多く開催しています。そうした美術館の歩みをどのように捉えていらっしゃいますか。
上田 当館には、女性作家に目を向け評価するという長期的なミッションがあり、これまでにも印象派のメアリー・カサットやベルト・モリゾ、エヴァ・ゴンザレスといった女性作家の作品を収蔵してきました。ゾフィー・トイバー=アルプという女性作家を取り上げた展覧会を先日開催したばかりですし、本展もそういった一連の流れに位置づけることができます。