
[ 中山晴奈インタビュー② ]
―― 食を起点にコミュニティを紡ぐアートとデザイン

食にまつわる思いや情報を編集する
―― 中山さんが取り組んでいるフードデザインとはどのような活動なのでしょうか。ケータリングをはじめとするフードイベントのプロデュースの他にも、さまざまな活動があるようです。
中山晴奈(以下、中山) 活動当初は美術分野での企画やプロデュースが多かったのですが、企業とのコラボレーションや地域創生、産地の支援といった活動も徐々に増えていきました。
普段の生活を振り返ったとき、まったく新しいものを食べる機会は実はあまりなくて、既に知っているものや慣れたものを食べるということがほとんどですよね。フードデザインの仕事は、そうした日々の食べ物がどんな背景で生まれ、どんな思いが込められているのかを調べて、そういった情報を食べ物に“乗せる”ことなのです。既にある情報を集めて整理することが基本の作業になります。そのうえでどの情報をどのように伝えるかという、編集とデザインの営みになっていきます。

―― フードデザインと言っても、調理以外の部分が大きいわけですね。
中山 調理に関しては、近年はシェフやフードアーティストの方と協働することが多く、私自身が料理をつくる機会は少ないです。フードデザイナーとしての私の役割は、人と人の関係性や環境をつくっていくことや、何かと何かの間を埋めて、伝えていくことにあります。
企業とのコラボレーションでは、食にまつわる新規事業の立ち上げに向けて試験的なプロジェクトをご一緒することが多いです。他業種の場合、新たに食分野に取り組むにはいろいろな制約や条件があるため、それらを整理しながらプロジェクト全体をディレクションしていくことも求められています。

―― そのような企業はフードデザインに対してどのような期待を寄せているのでしょうか。
中山 まだ世の中に存在しないものを生み出すための取り組みに調査の段階からご一緒します。つまり、プロジェクトの伴走者としてお声がけいただくケースが多いです。企業から「こういうことをやってみたい」というお話を聞いて、食の観点からコンセプトの肉付けをしたり、チームビルディングを進めたりします。
ある企業の創立記念事業で、全国各地にある工場向けに特別な社食を企画したいという依頼がありました。普段は工場同士の交流がないと聞いて、「ご当地」と呼ばれるような特産品を使い、各工場オリジナルのふりかけをつくり、それをすべての工場に展開しました。全国に“仲間”がいることを感じられるような体験となり、食が社内コミュニケーションに貢献するものだという認識が社内に芽生えたように思います。そうした小さな成功を重ねながら、より大きなプロジェクトに発展することもあります。


danchi-kitchen.com
自分にとっての心地よさをデザインする
―― 働くこととフードデザインの関係についてはどのように考えますか。
中山 医療関連のプロジェクトに関わったことがあります。高齢者の食に関するヒアリングのなかで、ある高齢者の昼食を拝見したところ、そこに出てきたのはワインとチーズでした。その方はたくさんの量を食べられないため、必要なカロリーを好きなもので摂るというわけです。高齢者の食事といえば柔らかくて薄味の食べ物を思い浮かべますが、本来、食というのは個人の好みや地域性などが大きく影響した、想像以上に多様なものです。
それは、働くという営みにおいても同じことが言えるのではないでしょうか。誰かと昼食を食べに行ったり、ひとりでお弁当を食べたり、対象や状況の選択が、その日の働き方や充実度に少なからず影響を与えます。食事は通り一遍だが、コーヒーとおやつにだけはこだわるというスタイルもあるでしょう。働く人ひとりひとりが、自分の食の時間をどうデザインするかということに意識的であることが大切になってくるように思います。
―― 食に対する意識と同じように、アートという存在を自分ごととして考えることはできるでしょうか。
中山 私自身にとって、アートは食と同じように暮らしに欠かせないものです。海でサーフィンをしたり、山に登ったり、「自然の中にいるとリフレッシュする」という方がたくさんいるように、私の生活のどこかに常にアートがあってほしいと思っています。自分の立ち位置や自分の気持ちに意識を向けるきっかけにもなります。
最近は、郊外に移住して自然の中で働きたいという方が多くいるようですが、「アートを感じられる環境で働きたい」という感覚もあってしかるべきではないでしょうか。ミュージアムタワー京橋のように、アートを身近に感じながら働くことができる環境は、うらやましいなと思います。
