
[ アーティゾン美術館学芸員・杉本渚インタビュー ]
イタリアデザインの巨匠、エットレ・ソットサスに
フォーカスした、アーティゾン美術館で初となる「デザイン展」

アートとデザインの境界を超える
―― アーティゾン美術館では2026年10月4日まで、展覧会「エットレ・ソットサス―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」を開催中です。まず企画意図や開催の経緯を教えてください。
「エットレ・ソットサス―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」
https://www.artizon.museum/exhibition/detail/602
杉本渚(以下、杉本) 石橋財団では近年、デザイン分野の作品収集にも注力しています。その中で、イタリアデザインの巨匠であり、メンフィスの中心メンバーでもあるエットレ・ソットサス(以下、ソットサス)の作品を収集する機会があり、最終的に100点を超えるソットサス作品を収集したことが大きなきっかけとなって、今回の展覧会に結びつきました。
ソットサスが2007年に亡くなり、その後、欧米の美術館を中心に大回顧展が開催されてきた一方、日本ではまとまった展覧会が行われていませんでした。ソットサスのデザインが持つ人々の感覚に訴える力にはアートに近い感覚があるように思われ、美術館における回顧展が成立するデザイナーであるように思います。当館にとっては、初開催となるデザインをテーマとした展覧会です。

―― ソットサスはデザイナーとしてだけでなく、アートの側面からも注目する点が多かったのですね?
杉本 ソットサスは古今東西のアートに強い関心をもっていました。デザインの着想源としてポップアートなど同時代の芸術動向に注目した一方、東洋や古代の美術にも積極的にふれました。
例えば、本展の出品作品では、ストライプ模様がプリントされた《スーパーボックス》などにポップアートからの影響が表れています。
また、本展のメインビジュアルにもなっている巨大な陶器の柱《オダリスク》は、一見するとアート作品のように見えますよね。しかし、ソットサスはこれを神殿の柱に見立てて、現代社会のなかで疲弊した人々の心を癒す「道具」としてデザインしました。戦後の困難な時代を生きる人々に必要な生きるための「道具」をつくることがデザイナーの役割だと考え、近代的な合理性に縛られることなく「機能」の意味を捉え直した結果、ソットサスは従来的なデザインの概念を根本から見直すに至りました。


ソットサスの人物像を示す壁面の言葉
―― 展覧会のタイトル「エットレ・ソットサス―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」はソットサスの言葉から引用したそうですが、どのような意味でしょうか?
杉本 サブタイトルの「魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」は、1962年にソットサス自身が書いた、「デザインが始まるのは、合理的な改良によるプロセスが終わり、魔法のプロセスによる改良が始まるときである」というテキストに由来しています。この「魔法」という言葉が意味するのは、合理的なモダンデザインとは異なるデザインのアプローチが必要だということであり、理性では説明できない人間の生き生きとした感性を尊重しようとする信念が表れています。ソットサスは生涯をとおして様々なデザインを手掛けましたが、常にこの考え方が根底にあったと思います。
日本では欧米に比べてソットサスの知名度が低いことを踏まえ、ソットサスの人物像とデザインの特徴を分かりやすく紹介したいと考えました。展示は全5章で構成し、初期から晩年までの時系列に作品を紹介しています。会場の壁面には、各章のテーマの理解が深まるように、ソットサス自身の言葉を掲示しました。


とりわけソットサスらしいと感じられるのが、最後の章にある「好奇心は革新的だ」という言葉です。これは、2007年に亡くなる直前のインタビューから引用しました。ソットサスは世界中を旅し、様々なカルチャーに積極的にふれ、非常に好奇心旺盛な人物だったと思います。そして、そうして学んだことをすべてデザインの糧にしたのだと思います。

―― 会場の空間デザインにも当時のエネルギーを感じる楽しさがありますね。
杉本 デザイナーの五十嵐久枝さんに非常に素敵な会場をデザインしていただきました。床に紙を敷き詰めてステージにしたのも五十嵐さんのアイデアです。そもそも家具は床に置くものですし、いくつかの作品にはソットサスのオリジナルのデザインとして白い台座が含まれていますので、なるべく余計なステージはつくりたくないと考えました。しかし一方で、美術館としては作品保全も考えなければなりません。この紙片のステージは、ほとんど高さはありませんが、スマートに結界の代わりをしてくれています。2色の微妙にニュアンスの異なるグレーの紙は有機的なパターンをつくり、見た目にも美しく、主張しすぎず、作品と調和するステージになりました。

初めて企画を担当した「エットレ・ソットサス」
―― 杉本さんは、これまでどのような展覧会を担当してきたのですか?
杉本 大学院ではフランスの画家ジョルジュ・ブラックを中心にキュビスム周辺を研究していました。2023年にアーティゾン美術館に入る前は3年半ほど、国立新美術館で研究補佐員として、古い時代の西洋絵画から日本の現代ファッションまで様々な展覧会に関わりました。
アーティゾン美術館では、デザイン分野担当の学芸員として働いています。2025年に開催した「ゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ」はデザイン的な要素を含んだ展覧会でしたが、私は副担当として、ゾフィー・トイバー=アルプに関する解説を書くなどしました。私がメインとなって企画担当したのは、今回の「エットレ・ソットサス―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」展が初めてです。今後は、当館が作品や資料を収蔵している倉俣史朗についての調査研究を深めていきたいですし、バウハウスやデ・ステイルといったモダンデザインにも関心があります。

―― アーティゾン美術館のある「ミュージアムタワー京橋」は、「Work with Art」というコンセプトを掲げています。美術館のある環境として他のオフィスビルとは違う魅力はありますか?
杉本 職場のすぐ近くにアート作品や美術館があることは、特別なことかもしれないですね。アートのある環境に身を置くことで新しい発見や刺激を得て、仕事にも生かされることがあれば理想的ですね。
―― 新しい発見や刺激という意味で、今回フォーカスしたポイントはありますか?
今回のソットサス展では、デザインが人々のためにできること、ひいては社会と人、そして物との関係についてソットサスが非常に深く考えていた背景にも光を当てました。このようなソットサスの問題意識は、人間にとってのとても本質的な問いと言えるかと思いますが、私たちは普段の生活のなかで考えることはないと思います。展覧会が、こうしたいつもとは違う視点を持つきっかけになれば、面白いのではないかと思います。
ソットサスは人々を幸せにするのがデザインだと語り、人間の生き生きとした感性を尊重したデザインに取り組みました。本展ではソットサスの作品を通じて、純粋にワクワク楽しんでいただけたらうれしいです。
―― 学芸員として、これからのアーティゾン美術館にどのような可能性を感じていますか。
杉本 当館は、フランスの印象派や日本の近代洋画、古美術、戦後美術なども数多く収蔵しています。「ジャム・セッション」という、現代作家の作品とそうしたコレクションが共演する展覧会も回を重ねています。石橋財団コレクションの幅広いジャンル、視野の広さを活かした展開を継続していければと思います。
杉本渚(すぎもと・なぎさ)
公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館 学芸員
